神々の島「隠岐」

延喜式にも登場する神社4選

現存する日本最古の歴史書とも言われる「古事記(712年)」
その冒頭にある”国生み神話”によると、イザナギイザナミが、淡路島、四国に次いで3番目に生んだ島といわれているのが「隠伎之三子島(オキノミツゴノシマ)」――現在の隠岐諸島です。


隠岐諸島の中で最大の島である島後を「親島」知夫里島・西ノ島・中ノ島を「子島」として、”親島に率いられた三つの子島という意味”だといわれています。


また、日本最古の全国神社リストである「延喜式神名帳(927年)」に載っている神社が、小さな島の中に16社もあります。
強い力を持つ神を祀る神社には「名神大」の格が与えられ、現在の島根県のエリア(令制国で出雲国、石見国、隠岐国の3国)では名神大社が6社あり、そのうち隠岐には4社(伊勢命神社、水若酢神社、宇受賀命神社、由良比女神社)もあります。


そんな隠岐の4大社をご紹介します!

隠岐国一宮の「水若酢神社(みずわかすじんじゃ)」

隠岐国一宮の「水若酢神社(みずわかすじんじゃ)」

延喜式に名神大社と記された、隠岐國の一宮である「水若酢神社」。
祀られている水若酢命(ミズワカスノミコト)は、隠岐の国土開発と日本海鎮護をされた神様だと伝えられています。
創建の由緒は未詳ですが、社伝によると人徳天皇の時代に創建されたと言われています。
本殿は隠岐造りと呼ばれる建築様式で、国の重要文化財に指定されています。

隔年の5月3日に開催される例大祭は島後の三大祭りとしても知られており、日本古来の山車が曳かれ、流鏑馬などの神事が行われます。

参道脇には映画「渾身」の舞台ともなった土俵が設けられており、20年に1度の本殿屋根の葺き替え時には夜を徹した「隠岐古典相撲」が行われます。相撲は2番勝負で行われ、1本目に勝った方は2本目に勝ちを譲り1勝1敗にすることが特徴です。両力士が勝敗のしこりを残さず互いに讃え合う、島の人々の人情から「人情相撲」と呼ばれています。

亀の手水

かわいい「だるまくじ」

貴重な神楽が受け継がれる「伊勢命神社(いせみことじんじゃ)」

貴重な神楽が受け継がれる「伊勢命神社(いせみことじんじゃ)」

西日本最大級の黒曜石の産地である久見集落にたたずむ「伊勢命神社」。
続日本後記(869年)に「仁明天皇嘉祥元年、明神の列に預かりし趣名記せられ延喜の制に於いては名神大に列せられた」とあり、六国史に名神大社列格の理由を明示する数少ない例となっています。
*嘉祥元年:848年

毎年7月に開催される例祭は、弓矢を持ち鎧兜を身に着けた武者が先導する隠岐でも珍しい形で行われ、例祭に合わせて境内の神楽殿で催される「久見神楽」は夜を徹して行われ、畳二枚ほどの広さで舞う古い形を残しています。

伊勢命神社の本殿

建築様式は「隠岐造」と呼ばれ、
①屋根が出雲大社の「大社造」
②庇の部分が春日大社の「春日造」
③全体的な柱の立て方が伊勢神宮の「神明造」
3つの建築様式をあわせた、隠岐ならではの様式になっています。

*水若酢神社も「隠岐造」

宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)

宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)

海士町にある名神大社の「宇受賀命神社」。
創建は842年より古く、祀られている宇受賀命(ウヅカノミコト)は、この地の守護神として伝えられています。
古来より朝廷の崇敬が篤く、時の有力者より社領や神田など、たくさんの寄進がありました。

伝説には、西ノ島町の「比奈麻治比賣命(ヒナマチヒメノミコト)」の美しさにひかれた宇受賀命。同じく姫に求婚する大山神社の神さまとの力比べに勝利したことにより、姫と結ばれたと伝えられています。
姫との間に柳井姫(ヤナイヒメ)が生まれ、「奈伎良比賣神社(なぎらひめじんじゃ)」の御祭神になったとされています。
この御子神をお産みになったのは明屋海岸(あきやかいがん)という絶景スポットで、明屋海岸から宇受賀命神社にいたる海岸線の道は、日本海唯一の神々の婚姻に由来され「縁結び、子宝、夫婦円満」のご利益のある道です。

御朱印は隠岐神社へ

御朱印は、後鳥羽上皇を祀っている「隠岐神社」で手に入れることができます。
承久の乱に敗れた後鳥羽上皇は、亡くなるまで19年間を隠岐で過ごしました。

もう1つの一宮「由良比女神社(ゆらひめじんじゃ)」

もう1つの一宮「由良比女神社(ゆらひめじんじゃ)」

名神大社であり、平安末期には隠岐国一宮にも定められ、由緒も古く社格も高い「由良比女神社」。
由良比女神社の創建は古く、仁明天皇の時代(842年)官社に預かったと記されています。

伝説によれば、この社の元は知夫里島の鳥賊浜にありましたが、西ノ島の由良へ移されてからイカの群れが来なくなり、イカたちが由良へ集まったと言われています。
また、由良比女命が芋桶に乗って出雲大社から隠岐へ帰るときに、海に浸した手をイカが嚙みついてしまい、お詫びのしるしに由良の浜にはイカの群れが押し寄せるようになったと伝えられています。

境内の灯篭や拝殿にはイカの彫刻が刻まれ、西ノ島町の建物の壁やマンホール、ゆるキャラにもイカが登場します。

神社の目の前にある「イカ寄せの浜」

由良比女神社例大祭

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