隠岐民謡いろいろ
隠岐の島で古くから愛されてきた「隠岐民謡」
ひとえに隠岐民謡といっても数多くの唄、踊りがあります。
島へと渡るフェリーや高速船の船内でも流れる隠岐の島町のソウルソングと言っても過言ではない「隠岐しげさ節」
毎年5月には【島まつり】として、しげさ節の生演奏に合わせ両手で皿を打ち鳴らしながら港を練り歩くしげさ踊りパレードや唄と三味線の各部門で日本一のしげさ節演者を決めるしげさ節全国大会が行われ、隠岐の島町がしげさで溢れる二日間となる。


また、隠岐の島として欠かせないのが「相撲取り節」
隠岐の島は相撲が盛んな島で、”隠岐古典相撲”は島の多いな祝い事や神社の遷宮の際に島を挙げて行われる奉納相撲です。その他にも各地で相撲大会が行われており島から大相撲力士も輩出しています。この民謡は隠岐相撲の様子を唄ったものや縁起物を用いた歌詞が並び、相撲を愛する島ならではの民謡です。

これらの代表的な民謡の他にも、今でも結婚式など祝いの席で唄われる「隠岐祝い音頭」や隠岐での情景を唄った「隠岐追分」など数多くの隠岐民謡が今日まで伝わっています。

全国から海を渡ってきた隠岐民謡
なぜこの小さな離島である隠岐の島に数多くの民謡が存在しているのか。その歴史は江戸時代まで遡ります。
江戸時代から明治30年ごろまで隠岐諸島は、
大阪と北海道を結び、寄港地で米や魚介類などを売買しながら日本海を往復していた”北前船”の風待港として栄えておりました。

西郷港に北前船が寄港する様子
北前船が次の港へ出航するまでの間、隠岐諸島では船乗りにより全国各地の民謡が唄われました。そんな元唄が隠岐独自の進化を遂げいつしか隠岐民謡として親しまれるようになったと云われております。

しげさ節やどっさり節は越後(新潟県)、キンニャモニャは信州(長野県)や熊本県、祝い音頭は伊勢(三重県)の民謡が元唄になっていると云われております。
隠岐民謡で使われる道具
隠岐民謡は唄に合わせて、三味線や和太鼓で唄を盛り上げます。
また隠岐民謡の見どころである踊り手は、
皿やしゃもじ、傘や手ぬぐい、なべぶたなどを用いて踊ります。

お皿…しゃもじ…傘…手ぬぐい…なべぶた…。
どれも普段の生活で使われる身近なものです。
隠岐民謡は酒宴や祝いの席などで広く唄われてきました。唄が始まったとき、場を盛り上げるために近くの食卓や家にあったあり合わせのものを使って踊っていたため、今でもお皿やしゃもじなどで踊る文化が残っております。

また、どっさり節の踊りは、隠岐の郷土料理、そば粉100%のそば”隠岐そば”を作る様を表現していたり、隠岐おわら節は、桶と柄杓を使いお米を研ぐ様子を踊りにしていたりと、普段の島民の生活を民謡の踊りに用い、隠岐の島での生活をそのまま民謡で表現しているかのようです。

隠岐民謡が見てみたい。隠岐民謡をしてみたい。
古くから伝わり、先人たちが隠岐を愛し繋いできた隠岐民謡。
とは言っても、隠岐にご来島いただいた際に、隠岐民謡の公演やイベントは必ずおこなっているものではございません。
前述した、隠岐の島町で5月に行われる【島まつり】でのしげさ踊りパレードや三味線や歌で日本一を競うしげさ節全国大会。また海士町にて行われる【キンニャモニャ祭り】など隠岐民謡を披露する公演・イベントはあるものの来島予定日を合わせるのは中々大変かと思います。
でも…
隠岐民謡が見てみたい。
隠岐民謡をしてみたい。
隠岐の島町では観光のお客様に向けた、【隠岐民謡体験】や、個人向けの【しげさ踊り体験】を実施しております。
隠岐民謡に触れてみよう!
隠岐の島旅【隠岐民謡体験】ページ
代表的な隠岐民謡「しげさ踊り」を踊ってみよう!
隠岐の島旅【しげさ踊り体験】ページ

島でないと体験できない隠岐民謡体験。
実際に道具を手に取り踊ると、隠岐民謡が歩んできた歴史を体いっぱいに感じることが出きます。
隠岐民謡を未来へ繋ぐ
江戸時代から隠岐の島で親しまれ受け継がれてきた隠岐民謡。
幼いころから民謡に触れ、携わってきたベテランたちは大勢いますが演者の高齢化は隠岐民謡も例外ではありません。
1950年代に隠岐の島町の若い女性たちを集めて結成され、全国各地で隠岐民謡の広告塔となり島の魅力を伝えた”観光キャラバン隊”。

数年前から島の民謡好きな有志の女性が集い”隠岐っ娘キャラバン隊”として復活。
観光客へ向けた隠岐民謡公演やイベントなどでの披露を精力的に行い、数十年前の隠岐民謡の活気を取り戻そうと奮闘しています。

隠岐民謡は未来へ繋ぐ熱い想いで
今までも、そしてこれからも、
繋がっていく、繋げなければならない
隠岐の島の大事な文化です。
